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入学式で並んで入場する岸根の藤井玲士朗選手(右)と稲葉武瑠選手=藤井選手の母親提供
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 (9日、第107回全国高校野球選手権神奈川大会1回戦 岸根5―7鶴嶺)

 岸根の藤井玲士朗選手(3年)は1番打者として出場し、一回の第1打席で安打を放つなど、4打数2安打だった。

 2年前の高校の入学式。学1年から9年間続けた野球に区切りをつけようと、髪を伸ばしたマッシュルームカットで出席した。

 「これで野球とはおさらば」

 2列になって入場すると、隣に丸刈りの男がやってきた。稲葉武瑠選手(3年)だ。

 「こいつ絶対野球部じゃん。誘われそうだから避けよう」。予感は当たった。藤井選手が野球経験者と知ると「一緒にやろう」と何度も声をかけてきた。

 藤井選手には、中学時代の苦い記憶があった。

 4番を任された中学最後の大会で、九回の一打逆転のチャンスで打てなかった。罪悪感があったから、チームメートの前では泣かず、体育館裏の車の陰で1人涙した。

 心機一転し、高校ではバイトしたり、休みの日に友達と遊んだりする生活を送るはずだったのに――。仮入部期間を過ぎても、稲葉選手の誘いは続いた。「(強豪中の)4番なんてすごい。絶対ほしい」

 ある日、放課後の教室に呼ばれると、野球部の顧問、担任の先生、稲葉選手の3人が待ち構えていた。「なんじゃこりゃ。4者面談かよ」

 中学時代の最後の試合の思い出を話したが、稲葉選手は「それで終わっていいのか」と引き下がらない。根負けして、入部を決めた。

 「嫌になったらやめたらいいや」。そんな気持ちで再開したが、久々にグラブを着けて白球を追うと、野球の楽しさを思い出した。

 盗塁に成功したときや守備で難しい球をさばいたとき、自分にほれぼれする。「そっか、好きだからやってたんだよな」

 練習後にはみんなでうどん店に行って大盛りをたいらげ、夏休みには千葉の勝浦海岸まで遊びに行った。気づけば、野球部をやめたいとは思わなくなっていた。

 昨夏の神奈川大会は2人は2年生でスタメン入りした。しかし、初戦で強豪の相洋と対戦してコールド負け。「体つきが全然違った」

 最高学年となる新チームでは、筋トレと3食以外の補食をノルマ化した。昼食に加えて休み時間におにぎりを食べて、校内のトレーニングルームに通った。

 メンバーの平均体重が増え、藤井選手自身も入学時には身長172センチ、体重55キロだった体格が、今では175センチ68キロと一回り大きくなった。

 打球の飛距離が伸びるとともに、精神面もタフになった。中学時代はチャンスの場面で恐怖心が襲ってきたが、「ごつくなって、打席に入ってもびびらなくなった。チャンスだと逆に(自分に)回ってこいと思う」。

 入学式で隣同士にならなければ、野球は続けていなかった。藤井選手は「稲葉が誘ってくれてよかった。野球をやる運命だったんだな」。稲葉選手は「結びつきというか、縁を感じます」。入学式から変わらない長い髪と丸刈り姿で、2人は話していた。

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